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EPISODE
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劉海清さんのこと |
景徳鎮に行く時はいつも張少俊さんと大連出身の美しい劉海清さんが一緒だった。張少俊さんは墨絵を中心としたアーティスト,劉海清さんは僕のアシスタントとして同行していた。その彼女は2007年の1月に事故にあって亡き人になってしまった。僕の日本の友人で女優の蜷川有紀さんは彼女の突然の他界を知って僕に尋ねたことがある。「雅之さん!いつかどこかで小鳥を助けたことない?」と。そういえば、もう15年程前に信州の早朝の山でホワイトグレーの傷ついた鳩を助けたことがあった。劉さんはきっとその化身だったのよと彼女は言うのだった。景徳鎮のこのプロジェクトはそんな悲しい物語を秘している。
景徳鎮に伝わる悲しい逸話を探して、日本語に翻訳してくれたのはその劉海清さんだった。以下にその逸話の一部を紹介したい。
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逸話1/風火仙師 |
およそ400年前の明の時代のことです。皇帝は景徳鎮陶器工場に指示して沢山の「青花大竜壷」を作らせようとしました。しかし、それは相当な技術が必要だからなかなかうまく焼き上げることが出来ません。途方にくれている時、童賓という陶工がその窯の中に飛び込んだのです。薪のかわりに自分の骨でつぼを焼くつもりだったのです。
数日後、窯を開けると驚くことに青花大竜壷は見事に焼き上がっていました。その後、皇帝は彼を記念してその陶器工場の東側に“佑陶霊牌”という位牌を建て“風火仙師”という称号を与えたのでした。
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逸話2/美人祭 |
昔ある皇帝は一つの杯を手に入れました。この杯は小さく精巧にできていて、色が赤く透明で、太陽やライトの光を当てると火のような鮮やかな赤色に反射しました。皇帝はそれを宝物として愛していました。
それほど大切にしていた杯をある日、うっかりして壊してしまったのです。皇帝は居ても立ってもいられなくて、すぐに部下に同じ物を探すように命令したのでした。実はこの杯はある石工が十万を超える多くの山々を探し歩いて発見した赤宝石を加工して作った物で、もう一度同じ物を見つけることなど望めないことだったのです。でも、皇帝の命令に逆らうわけにはいきません。そこで、藩という部下が命じられることになりました。彼は数年前に景徳鎮に行った時にまるで玉器のような磁器を見たことがあり、きっと赤い陶磁器も作れるではないかと思ったのでした。
職人たちはこのような赤い杯を作ったことなどこれまでになく、とても慌てました。しかし、皇帝の命令には逆らえません。幾夜も、幾夜も、試みては失敗を繰り返しました。藩大臣がその状況を見てとても心配になりました。もしも出来なければ自分の地位と肩書きを失うどころか死刑になってしまう。それを怖れた彼は陶磁器職人に残酷な命令を下しました。期限内に出来なければ全員に死刑を処するというのです。
梅栄というある陶磁職人の娘は自分の父が窯で連日徹夜して、苦労する姿をみていて心配していました。父に「一緒に逃げましょう」というのですが、父は「私たちが逃げたら、他の人が殺される。今、最も重要なのはその赤宝石色を焼くことだ」いうばかりです。娘は父に恥ずかしく,不安で夜もなかなか寝られず、どうしたら父たちを助けることができるかと考え続けました。
ある夜、梅栄は夢を見ました。夢の中に白く長い髯を蓄えたおじいさんがでて来て、彼女に言うのです。「景徳鎮の郊外に高嶺山と言う山がある。その山には赤釉石があり、それを見つけたら、みんなの命を救うことが出来る。でも探すのは簡単ではないぞ。苦労と苦痛に耐えなくてはらない」というのです。梅栄は「怖くない、怖くない」と叫びながら目が覚めましました。すぐに起きて、父の工房に行き、その夢を父に話しましたが父は信じてくれません。
梅栄は父が反対するのを振り切って、一人でその山に出かけだしていました。山の麓に着くと、その山は驚くほどに険しく切り立っていて、至る所にナイフのような尖った石が散乱している崖ばかりです。でも梅栄は父と父の仲間たちのことを思うと、いてもたってもいられず、思い切ってその山を登り始めたのです。途中で靴を谷底に落とし、全身が尖った石で傷だらけでした。身体からは血が川のように流れ、遂には気を失ってしまったのです。
娘が帰らないのを心配した父が倒れた娘のところにたどり着いた時には、梅栄はもう息もなく、彼女の体の下には石が血で染まって赤釉石になっていたのです。父は悲嘆にくれながらその石を掘って持ち帰り、本当に皇帝が命令された通りの火のように赤く輝く杯を焼き上げることが出来ました。
景徳鎮の陶磁器職人たちは梅栄さんを記念するために赤釉石で焼いた陶磁器を<美人祭>と名づけたのでした。
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